エコレザー事例

新敏製革所代表・新田眞大様 インタビュー

~1000年歴史の継承者に聞く、姫路白なめし技法~

姫路市を流れ瀬戸内海に注いでいる市川の川辺に「新敏製革所」はある。かつては太かった川幅も今は山からの水の減少や、河川工事の影響でめっきり細くなっているようだ。
新田さんを探しながら工場付近を歩くと、磯の香りがしてきた。工場の敷地に干してある白い革からまるでワカメのようなにおいがする。不思議なことにこの工場からは、薬品のにおいがしない。

2階から降りてこられた新田さんに挨拶をしようと近づくと、「雲行きがあやしいんや」と空を見上げてつぶやき、早速干していた革をしまいはじめた。「天日干しじゃないとあかんのよ。午前中は良かったんやけどな」。私たちもあわててビニールシートの端を持って、革をしまうお手伝いをした。まさに革職人、それが最初の新田さんの印象だった。

天日干しされた、鹿革

自然の力でなめすのが白なめしの極意

エコレザーの話を切り出すと、そもそも「エコ」とは何ぞや?というお話になり、英語の革の分析表を見せていただいた。革のなめしは薬品を使う事が通常なので、人体に影響が出ないよう世界的にエコの基準があるとのこと。実際、新田さんの「白なめし」は薬品を使ってないので心配はない。ただ、自然界の生物には、生きていくために必要な金属などの成分が必ずあるそうで、少しは出るのはあたりまえだそうだ。

白なめしは、塩と菜種油、それと水しか使わない。自然の力でなめすのが白なめしの極意だという。動物の皮を干すとスルメのようなものが出来上がる。腐らないように塩を入れ、皮中に十分に浸透させることが大切だそうだ。昔の人は薬品などないから、そばにあるもので皮をなめしたという。
干すと皮は繊維質が硬くなる。スルメだったら噛んでやわらかくするが、皮は水に浸けて柔らかくするわけだ。菜種油をつけて揉んで干して、菜種油をつけてさらに柔らかくする。それを洗って、干してを繰り返す。皮はコラーゲンだから食べても害はない。
どうですか、自然でしょう?エコでしょう?

何故エコレザー認定をしようと思われたのでしょうか?と再度聞いてみると、「3価クロム*って知ってる?」と聞き返されてしまった。3価クロムは、燃やすと有害の6価クロムになる場合があるそうだ。 *なめしに使われるのは安全な3価クロム
本質を知らず、ただクロムだの、鉛だの名前だけが先行し何が危険かもよく知らないで、「エコだ、エコじゃない」というのは新田さんが嫌っているようだ。

白なめしの鹿革

古代の技術を科学的に研究しながら試行錯誤を繰り返す

新田さんもかつては、クロムなめしも経験されてきた。それまで昔ながらのなめしを行ってきたタンナーが、革製品の大量生産を求められ、それに応じて早く大量になめすことができるクロムなめしにシフトした。
昭和から平成へと時代が変わり大量生産の時代も終わった。約20年前に、この技術の継承者が市内でも一人きりになったことを知り、新田さんは大きな岐路を迎える。白なめし革保存研究会を設立したのだ。そこで「白なめし」の魅力に取りつかれる。

大陸から日本海をわたって出雲に、そして出雲から播州へ伝わってきた白なめし。
職人たちは、気候・水質が適する場所を求め南下し、瀬戸内海に近いこの姫路の地に定住し、農業のかたわら皮をなめすようになった。川も近い、塩もある、菜種油もとれる。
川で作業し、出たくずは鳥が食べる、無駄なものなど一つもありはしない。

これで良いのか悪いのか、長年白なめしを続けても、正解などわからないと新田さんは言う。「色々試してはみるけれど、昨年と今年では、ちょっとしか変わらない。それがものづくりなんや」。革づくりは料理と一緒。失敗は成功の元、菜種油だってそうだ。「昔の人は、夜なべして皮をなめすわけや。ある夜、灯とりの油を革にこぼしてしまい、それをきれいに洗ったわけや。洗うときに、揉むときに、全部広がってしまい、最終的にできた革がいままでよりもいい革ができた。こじつけやけどな」と新田さんは想像する。

最近、古代の革や東北の震災で水につかってしまった宝物の修復などの相談が舞い込む時もある。古代の皮なめしの技術を調べ、科学的な研究をし、試行錯誤を繰り返しながら相談に応えてきたという。どうやら、役に立っているようだという言葉には、白なめしについての自信がうかがえる。

鹿皮の毛抜き。水につけただけの鹿皮の毛が面白いように抜けて、真っ白な地肌が現れた。

エコ認定を取る取らんというのは、僕にとってはナンセンス

東京に戻ると新田さんからお電話があった。「エコレザーの話を聞きにきてくれたのに、話さなかったから」とのこと。お気遣いいただいたようだった。
そもそも認定制度が出来た頃から、エコレザー認定は良くご存知だったらしい。自然の革づくりが当たり前の新田さんは、あまり意識をしなかったという。九州のディアー・カンパニーさんの鹿革の製品を創るときに、対外的に「エコ」の評価が必要だったのでエコ認定をとったそうだ。
「一発で通ったんですか」とお聞きすると、「通るも通らんも、塩と水と菜種油しか使っとらんもんね」とお答えになった。