株式会社メルセン中川武人様、中川優様 インタビュー
日本と海外を支える、日本唯一のサメ・エコレザー
社長 中川武人様(右) 取締役 中川優様(左) 日本で唯一、サメ皮を使ったエコレザーを生皮~塗装~商品まで生産・加工しているのが、長野県飯田市に工場を構えるメルセンだ。平成元年に設立、裁断・縫製加工会社だった同社が、サメ皮及び爬虫類革の加工を始めたのは11年前、その後、親会社100年の技術を継いで、牛革の製造もはじめて3年。中央アルプスと南アルプスに囲まれ、自然と文化に富んだ町で皮革事業に取り組む中川武人社長と中川優取締役に話を聞いた。
塩漬けにされて送られてくるサメ皮
様々な種類の皮革がエコレザーとして認定されているが、サメ皮のエコレザーを生産・加工しているのは日本では同社だけである。取り扱うのは、「ブルーシャーク」とも呼ばれる吉切鮫。冷凍で長野へ輸送されてくる皮は、小さいながらもしなやかで美しい。
「サメは植物性タンニンで鞣(なめ)すので、エコレザーとして認められやすい革だったと考えています。ただ、サメの革はとても小さい。背鰭がふかヒレ用に切り取られるため、皮に大きな穴が開いてしまい1匹を半分にしなければならないので、平均約20デシ(DS)、ハンドバックを作るにもやっとという大きさです。
繁殖期にオスがメスの体のいたるところに咬みつく習性があり、この時期の皮は咬み傷痕で使用できない物が多く、また延縄漁で船上に引き揚げる時や港で陸揚げする時などに手鉤を使用するため傷が付き、革として加工できる原料は非常に少なくなってしまう。鮫は養殖ができないため、大量生産も不可能な希少価値が高い天然素材なのです。だから、サメ革を取り扱っている企業は少ないのかもしれません」(社長)
こうしたビジネスとしては厳しい状況下でもサメ革にこだわることができるのは、同社スタッフの技術力に、社長が絶対の信頼を寄せているからだ。一枚一枚の手作業で革づくりする20歳代から70歳代までと幅広い年代の社員が働く同社では、"一人ひとりが職人"という考え方を大切にしている。
ウロコを落としている様子
「皮は100枚あれば100枚違う。だからこそ、革の品質を安定させることが、皮革業界で生き残るための全てです。『今月と先月で色が違う』といったことが、あってはならない。常に安定した品質の革をお客さまに届けるために、社員の一人ひとりが職人としての技術と誇りを持って作業を担当しています」(社長)
「"職人"といっても一つの工程に長けているだけではなく、様々な作業を任せられるのが当社社員の特徴です。『ここからここまでの作業を自分がやっている』と誇りを持つことでモチベーションも上がりますし、若い人がこの業界に興味を持つきっかけになるのではないかと考えています」(取締役)
100年以上の長きにわたって培ってきた技術を継承し、社員の育成やこれからの業界のことを考える同社だからこそ、誰も取り組んでいないサメ皮のエコレザーの生産・加工に取り組むことができたのだ。
水揚げから乾燥まで。気仙沼復興のために
日本で最も吉切鮫が水揚げされるのは、気仙沼漁港だ。宮城県北東部のカツオやマグロの水揚げでも有名だが、2011年の東日本大震災の印象が強い港でもある。
「気仙沼とは震災前からサメの仕事をしていました。でも、震災以降は、断念しようと思ったこともありました」と社長はその当時を振り返る。
日本中、鮫皮を探しましたが革になるものは見つからず、気仙沼の「港が破壊され機能が停止した状態では、この事業はもう止めるしかないのかな、と。でも、壊滅的な状態の中で、偶然にも、取引をしていた会社の一部の建物・所有していた漁船が無事だったこともあって、震災後、9か月で少しではありましたが、鮫の水揚げが始まりました。この間、これも偶然ですが、震災3日前に飯田に到着した冷凍原皮と在庫とで、何とか得意先に大きな迷惑をかけないように対応することができました。
この偶然が、今、鮫の仕事を続けることができた最大の理由です。
気仙沼復興に向けて何ができるか? 気仙沼で革はできないかと仕入先と話合い、現地に鞣~乾燥までの作業ができるようにしたのだ。地場産業の一部になればという思いから......
復興に向けての思いを語る、中川社長
だが、経験の浅い気仙沼の職人たちが鞣した革の中には、十分に処理ができていないものも少なからずあった。
「処理が十分でない革の場合は、飯田で再度やり直します。自社ですべての工程を行う場合と比較すると手間はかかりますが、それでも気仙沼の人たちに、『自分たちにもできるんだ』という気持ちを感じてもらいたかった」と、社長は言う。
同社のエコレザーの品質はもちろんだが、気仙沼市の復興を支える多くの人々の思いと価値の詰まった革なのだ。
海外に羽ばたく、本当の意味での"メイド・イン・ジャパン"エコレザー
同社では、サメ革の海外展開の重要性を感じているという。
「日本では馴染みがないかもしれませんが、サメ革のエコレザーは、イタリア、ドイツ、スイスといった西欧で、特に時計バンドではとても人気があります。有名ブランドでもサメ革を使用しています。直接手に着けるものだけに、エコレザーの存在感には大きいものがあります」
(取締役)
しかし、外国産の安い革に勝つためには、それだけではいけない。
「革の値段の半分は原料代です。そうすると価格勝負は難しい。強みは品質以外にはありません。日本の原料を、日本で丁寧に加工し、輸出する。何枚も同じ品質の革を納品できる。それがメイド・イン・ジャパンの強みであり、私たちが革のプロとしてこだわるべき部分だと考えています」(社長)
こうしてこだわりのサメ・エコレザーを輸出していく中では、面白いこともあるという。ある日、ベルリン・フィルのバイオリニストから連絡があったというのだ。
サメ革を使用した製品
「ストラディバリウスを目指す有名な職人が鱗付きのサメ革を探していました。サメ革を使っていたと文献に残っていたそうで、サンドペーパーではなく、当時のバイオリン職人の作る時と同じ状況で作りたいと、世界中を探し回っていたとのことです。実際に革を作って送ったら、その職人さんは大喜びだった」という。そのバイオリンは現在製造中とのことです。
肉も、ヒレも、骨も、皮も余すところなく生かすことができ、日本と海外を繋いで、様々な文化の交流を生むサメ革はまさに、"メイド・イン・ジャパンのエコレザー"と言えるだろう。